東京デザイン散歩タイトル

─ 第8回 旧岩崎邸探訪─



OFFICE CUBE代表 水野詩都子

地図 このコーナーでは、東京の街角の普段の姿や何気ない風景の中に、私達の日常の生活デザインの原形をたずね、気ままな散歩を楽しんでいます。

今回は、上野駅公園・不忍池を経て、ようやく前回辿り着いた旧岩崎邸に入っていきます。
ここはもと大名屋敷後で、明治になり何回か転売の後、岩崎弥太郎氏が土地を購入、長男の久弥氏が米国留学より帰国後建設したとのことで、建築設計は鹿鳴館・上野博物館・ニコライ堂などを手がけたジョサイア・コンドル 。多くの説明書ではコンドルの真骨頂は公共建築よりむしろ住宅にあり、としていますが、最近長年の補修が完成して内部まで公開されたその建築を訪ねてみて、その意味が実感されました。

コンドルの住宅は、日本の洋館にありがちな様式に縛られた堅苦しさや折衷的な不自然さがなく、いくつかの様式に日本的な良さを自由に取り入れて、かなり装飾的なのに自由で伸び伸びとし、アットホームで心地よい空間でした。旧岩崎邸自体は方々で紹介されているので、正面切った公式的な紹介は省き、今回ここでは特に目にとまったいくつかのステキな断片をご紹介します。

■正面外観

実は私は4月の内部公開前にも一度訪問していて、この全体写真はその時のもの。背後スペースがあまりなく全貌が撮りにくいので、これは4枚の合成になっていて、やや不自然かと思いますがご容赦ください。
他の明治のものと比べてコンドルの住宅は、様式美の中にも何か細部の装飾にいたるまで愛情の隠った暖かさと遊び心が感じられ、心和むものがあります。

こちらは庭に面した裏正面。正面とはうって変わって、コロニアル風とも言える建物幅いっぱいのベランダが主役となり、開放的な空間を強調しています。2Fの手すりはサラセン風の透かし彫り、1Fのベランダ床はやはりエスニックなタイル模様が、それまでの日本にはなかった軽やかさでお洒落です。

このベランダと言うもの、本来の西洋住宅の窓に付属したバルコニーとは趣を異にして、特に日本の住宅に愛着を持つコンドルが、部屋から庭に連続する縁側の発想を活かして、鹿鳴館をはじめとする日本の洋館に多用した手法とのこと。日本を愛しただけでなく、日本の風土をよく研究した成果だったんですね。

■玄関から階段へ

●車寄せのある玄関 ●玄関の間 ●階段ホールへの天井

●階段吹き抜け部分の柱

この玄関、完全に欧米風というよりどこかアラビア風の雰囲気がありますが、玄関を入ってから入り口を振り返ってみると、繊細な透かし彫りが浮かび上がり一層その感を深くします。しかもチョコレート色の柱や梁に囲まれた、このほの暗くしっとりした気分は、日本の武家の玄関などの質実さにも通じるような気が…。

玄関を入って左に進むと明るくやや華やいだ階段ホールに出ますが、そこにいたる天井がやはり格天井(ごうてんじょう)にも似た東洋風の雰囲気の寄せ木になっています。
階段ホールの華やぎを演出する重要なアイテムの一つが、階段吹き抜けを支える列柱で、ギリシャ風の丸柱のすそ回りは、見事な唐草のレリーフになっています。実は右手写真の女性の屈んでいる奥の白い部分は、スチームのジャバラですが、ここにも唐草模様の細かいレリーフが施されています。その右手上の階段がかなり見事ですが、方々で紹介されているので省略します。

■2階ゲストルームを中心にちょっとモバイル

階段をあがって2階の主役はいくつかのゲストルームと広間ですが、こんな感じで壁紙・フローリングの床・天井のアットホームなくつろいだ調和ばかりでなく、外光による光と陰の演出がすばらしく、おそらく長時間過ごす人は光の移動を存分に楽しめたことでしょう。

●婦人用ゲストルーム

  ●暖炉と壁・床の調和   ●金唐皮風壁紙   ●内部よりベランダ風景

職員の方によって、床や天井・壁紙などにもそれぞれの「うんちく」が語られていましたが、 この建物のもう一つのポイントは、そうした細部よりも、様々な趣の部屋から部屋へと移動していく楽しみだったのでは?と思われます。部屋それぞれに居ても、もちろん工夫をこらした変化のある空間で楽しめますが、移動していくにつれ次第に姿をあらわす次の空間へのアプローチが、この建物でなくては味わえない喜びを与えてくれます。

■サラセン風といえば

ところでこのベランダ、2階はサラセン風の意匠を施したてすりと説明されていますが、サラセン風ないしアラビア風の意匠は、欧米や日本の様式とも組み合わされて他にも随所に見ることができます。

●左は、サラセン風の意匠を施した開放的な2階のベランダ。鎧戸を組み合わせてオフホワイトでまとめ、コロニアル風ともいえる優雅なくつろぎ空間になっている。
●右は1階客室のアラビア風の精緻な意匠。左右対称でかなり格調高く儀式的。ちなみに天井はペルシャ刺繍のぬのばりになっているとか。

上の写真右手は1階客室の部分です。全体は左右対称で床から天井まで装飾性が強く豪華で儀式的な印象ですが、これが石ではなく木質の暖かいウッディーな印象が強調されて、柔らかく居心地のよい空間になっています。
下左は書斎をかいまみたところですが、質実な感じの机を囲む繊細な木のアーチが、ふとエッシャーの不思議空間に登場する同じような意匠のアーチを思い出させて、何か空間の魔術に取り込まれそうな錯角を覚えました。

●左は1階書斎。この扉の右手は大机と向かい合う大鏡や暖炉。
●中央は1階ホールの天井部分。中庭に面した明るい部屋で、さわやかな緑の豪華な壁紙によく映える。
●右は階段ホールから玄関前を通り和館に通じる廊下。突き当たり左手はもう質素な和風の廊下になる。

右手の写真は階段ホールからの撮影で、玄関前を通って突き当たり左手の和館に通じる廊下です。 天井は最初に紹介したあの天井ですがポイントにも東洋風のアーチを設け、前にも述べた空間移動の変化の面白さをつくり出しています。
■和館と洋館の調和

先ほどの廊下突き当たりを左折すると、いきなり質素な和風の廊下になります。当時の人はおそらくここでハレ(晴れがましい非日常)からケ(日常)にもどり、ほっとしたのではないでしょうか?
和館は何棟もあり広大な規模を誇っていた様ですが、今は書院づくりの1棟のみ。大書院の床の間やふすまには、橋本雅邦の筆になる大富士山図他が残っていますが、ほとんどかすかなまでに退色しています。京都などの大寺院には何百年前の障壁画が鮮やかに残っているのに、顔料のせいでしょうか、残念です。しかし、洋館と繋がる廊下の板戸の図だけは、こんなに鮮やかに残っていました。(左図) 洋館の華麗さを体感した後のこの「ワビ」のような気分は、ふと我に帰らせる力を持っている気がしました。

●橋本雅邦筆の板戸

●大書院前の濡れ縁と洋館の対比 ●濡れ縁から望む洋館

さて、面白いのはこの連結された和館と洋館の対比です。あのすばらしいベランダの裏正面が、大書院前の縁側と直角に交差し、双方の前面に広大な庭が拡がる仕掛けになっていました。樹木に遮られているとはいえ、縁側に座って洋館の余韻に浸るのも楽しいことでした。

ところでこの施設自体も「旧岩崎邸庭園」といい、解説書にも建物が庭とともに楽しめる幸せ、とありますが、現在は庭の敷地は単に広大なだけの芝生と化しており、大名庭園を踏襲してさらに広大ですばらしかったという庭に関しては、何となく無惨な印象を受けました。

むしろちょっと注目したいのは、洋館の正面向かって左手に建てられた撞球室です。
こちらは質素なバンガロー風で、ゴシック様式を取り入れた「スイスの山小屋風」と紹介されていますが、校倉造風の木組みや素朴な彫刻など、本館の華麗さとは対照的です。日本人にとってこのような存在は、静かな離れや「ワビ・サビ」を求める茶室のような、もう一つのほっとする非日常空間として、受け入れやすいものだったのではないでしょうか?

今回の私なりの旧岩崎邸庭園の紹介はこれで終わります。部分のクローズアップで物足りない方もおられるでしょうが、この先はぜひ足を運んでご自分の目で確かめてみて下さい。

(2004. 9)


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