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第3回 虎の門(3) ─ |
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OFFICE CUBE 代表 水野詩都子 このコーナーは、私達の日常的な生活文化の原形を、東京の街角の何気ない風景に見い出しながら、この街の普段の姿をデザイン的な側面から楽しんでみたいと思います。
前回までは、官庁街などややお堅いところを中心に見てきましたが、今回は虎の門のちょっとした歴史の中の、庶民的な側面に目を向けてみましょう。 |
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| ■金比羅宮 |
桜田門方向を背にして虎の門交差点から反対の神谷町方向に直進すると、正面に東京タワーを目ざして進む形になる。しかし今回はそこまでは行かず、虎の門交差点から100mほど進んだ右手の金比羅宮に立ち寄ってみよう。金比羅宮と言えば海・漁業・航海の神様。江戸時代初期はこの辺まで海岸が迫っていたので、江戸城の守りと同時に庶民の信仰も厚く、埋め立てられてからも大いににぎわっていた様は、浮世絵や江戸名所絵図にも残っているが、取り分け毎月10日の縁日はなんと今もにぎわっているのをみなさんご存知だろうか? |
龍の彫像の清め所の向うに 惨然と輝くコーラの自販機 ![]()
それにしても昼間の神社はこんなにもキッチュな雰囲気。私の子供の時から木は少なく、厚い石畳を縦横に張り巡らして神域を強調。本殿なども基本的に昔と変わらず、あくまで低く横の拡がりを強調した造りで、垂直志向のビル包囲網の中でがんばっているのだ。(左の神社ビルはちょっとね?)
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大鳥居をくぐって直進、手左にこの本殿が現れる。それな りに良く参拝されている神社の風格があるが、手をあわせ ると、すぐ背後に聳える森ビルを参拝するような格好に。 |
| ■路地裏に残る懐かしい住宅 |
金比羅宮前の道に戻り、さらに神谷町方向に進んで最初の道で左折、つまり新橋方向にやや細めの道に入る。すると、オフィス街の人々御用達のこじんまりした飲食店や、多分50年くらいは立っていそうな見覚えのあるテーラーなどが並ぶ、ひっそり目の並木道に出る。ここからちょっと路地裏に入ってみると、点々と昔ながらの住宅やそれを改造した印刷屋などがみられる。なんと昔は結構多かった細かい窓格子や玄関格子すら残っていて、元住人としては、この辺に住んでいたとうに引っ越した幼馴染みの悪戯っこの顔を、思い浮かべずにはいられない。(地図のもう少し新橋よりの路地裏も掲載:路地裏1・2) こうして残っている(元)住宅の共通点は、いわゆる木造板壁か、木造モルタル2階建てというヤツ。江戸時代から引き継ぐ畳を基準とした住宅の造り(引き違い戸の玄関、なげしや押し入れ、ふすまなどが畳幅で構成され、天井は長板張り)が、改造されていても垣間見ることができてなつかしい。そしてその大きな特徴は、今の住宅のような密封性が弱く結構隙間があり、部屋の仕切りもややアバウトで、家族のお互いの息遣いが別室でも聞こえてきそうな環境であったことだ。 今残っている住宅も、ビルに挟まれて窮屈そうながら、人の暖かみを守ってどっこいガンバってるぜ、とつぶやいているように見えるのは、ひいき目からだろうか? また並木道に戻り、次の交差点角に行ってみよう。 |
| ■老舗のそば店「砂場」 |
| ここは私の子供時代も一つ格上のそばやで一目置かれていたが、改造補強してまで今にこの外観を保って磨きあげているところからも、格に恥じないそばを盛り立てようとする心意気は健在のようだ。 さり気なくやや重量感のある瓦屋根を載せ、白いしっくい壁が少し覗く。板壁に二階の雨戸や手すり、一階の瓦ひさしと編み上げ塀、植木におおわれた引き戸の入り口、全てよく洗い上げられ、江戸っ子の庶民の生活の粋(いき)を今に伝える。 またこの看板は、入り口右手の茂みの中からさり気なく覗かせるといった凝り様。蛇足だが、その右手の大橋精肉店もン十年の古い店で、子供の頃はメンチなどここの揚げ物が大好物だった。
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■ビル街の目で見るオアシス、看板と壁画 実はこの砂場の建つ交差点は、砂場の一角の他はすべてビル街になっている。右の写真がそれで、手前に写る交差点の左手前角が砂場、正面奥は新橋駅である。ここもつい十数年前まではランドセルをしょった小学生が行き来し、右手前角の交番のおまわりさんが見守っていたのだ。さて、このまま新橋方向に進んでまたふとした路地で左折すると、先程の2枚目の住宅の写真の一連の並びが、思い出したように残っている。そこをそのまま進むと、やや広めの新橋への道に出るが、その通りの近代的なビルの一つの入り口に下のような看板がかかっている。 この看板自体は本当に古い物かどうかは不明だが、この升本は地元の古い大きな酒屋で、かつては店の傍らで勤め帰りのおじさん達が、升酒ないしコップ酒をちょっと立ち飲みして帰って行く場所だったような、子供心のかすかな記憶がある。現在は今風の居酒屋になっているが、この看板は時代の流れを見てきた都心の酒屋の、歴史を感じさせる存在感がいい。ただしこの場所は支店であって、本店はこの道をそのまま金比羅宮の手前まで戻ったところにある。 実はこの通りを隔てて反対側に、三十数年くらい前まで「晩翠軒」という高級北京料理の料亭があって、赤じゅうたんに和服の女性達がひざをついて客を迎え、毎日のように政財界の会合のため黒塗の車が停まっていた。 この壁画はその関係者が、メモリアルのために掲げたのかな、と、これはあくまでも私の勝手な想像だが、考えるだけでも楽しいので、真実は追求しないことにする。 (2002.5) |